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2012年11月

2012年11月 4日 (日)

日記。

 昨日は、ずっと関わりたかったけど日程の都合で参加できていなかった会に参加。上北沢は静かな住宅地だった。集まりの会場はレトロな感じを残しつつも快適な場所。時間制限もなく、代表者の伝手で一日貸してくれたとのこと。そういう良心的なつながりを大切にしたいと思った。

 集まりの内容で気づいたことをいくつか。何かアクションを起こすときに、目標を明確にすることが大事。自分たちがどこに向かっているのか、外の人間にも見えるレベルにピントを絞ることが必要。また、それを明文化すべき。対照的に、実際に行動するときには、様々な立場の方を巻き込むことが必要。組織内の参加メンバーも、できるだけ様々な立場の方を受け入れ、狭い意味での当事者に限定しない方がいい。そもそも、当事者というのが非常に曖昧な定義。なので、国をはじめとした行政を敵に回してはいけない。むしろうまく使って法案などに自分たちの考えを反映してもらったり、議員に答弁をさせるように、何度も声を出し続けること。どんな社会運動にも通じる。地方議員の存在も重要だ。同じ属性の当事者だけの活動では「自分たちのことしか考えていない」と非当事者から判断され、一層視線が冷たくなることがある。そのため、議員だけでなく関心を共にしている他分野の専門家・有識者の人たちに力を借りることが有益だ。セクマイの自殺にしても、セクマイの当事者や関係者、研究者だけでなく、自殺について考える団体やチャイルドラインなどとの連携をすることで、今まで相談しづらかった人にも窓口を広げ、救うことが可能になる。自分と100%同じ考えの人間はまず存在しない。だから、各イシューごとに関心を共にする人がその都度手を組んで、その時々の課題解決をしていくことが、社会全体を住みやすいものにする近道である。

 あまりまとめにはなっていないが、ホワイトリボンの活動に今後も関わると同時に、社会運動の在り方のモデルとして、この事例と教訓を様々なところに伝えたいと思う。

 個人的な感想としては、今の30代ぐらいの人たちまでは学歴も年齢差も気にせずに自由闊達に意見を交換して、競争意識を持たずにお互いの話を最後まで集中して聴くことができる人が相当数いるということがわかってすごく希望が持てた。いわゆる「目立ちたがり」「認められたがり」も昨日は見なかった。職場でも問題利用者は大体「おじさん・おばさん」と言われる世代で、若い人は手間を嫌う部分が若干あるにしろ、人の話をきちんと理解し、その枠内で自分の要望を伝えるということができると話していた。さらに、縛り付けるだけ、中の人間同士で攻撃しあうだけの人間関係に対する反省を生かし、気に掛けるし、お互いに話が合う部分では協力するけど、過剰な干渉をしないという人間関係を自分たちで築いている。そういうところでは各個人が力を発揮しやすいし、よりよい未来を自分たちで作っていくことが可能になると、希望を忘れずに生きることができる。

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